2021-05-09

市中の山居より 第六回

茶茶のお手柄

セラピー(いやし)の言葉は、使われて久しい。初めは60~70年代の“さみしいアメリカ人”が必要とした精神療法だった。セラピストはヒト、側にはいつも犬がいた。

 時は過ぎ、2021年のある日のこと、50歳そこそこの女性が二人、岩茶房に来られ、奥のテーブルに座られた。二人は「大紅袍」と「白鶏冠」を注文。コロナ禍でストレス倒れしそうな日々、二人はその日、贅沢をしようと考えたのかもしれない。女性の一人の顔色は土気色。お茶を出した途端、猫の茶茶がその女性の膝に載った。茶茶をどかすわけでもなく、彼女の虚ろな表情は変わらない。もうひとりの女性は虚ろな彼女に懸命に話しかけている。彼女は無反応だ。二時間が過ぎた。ポットのお湯を替えるつもりで私は二人に近づいた。話しかけている女性のほうが私に「岩茶と出会ったいきさつを話して」と言った。30数年間、私はその質問を浴びせられてきた。「勘弁して下さい。本に詳しく書いてあります」と、サービス業失格の返事をしそうになったが、どういう心境かわからないのだが、私はふっとこんなことを喋っていたのだった。「生きている自分の思いや意思ではない、何かの誘いというか、磁力のようなものが働いて、思いもよらない行動としか言いようがないのですが、私の未熟な脳では答えを出せない瞬間があるようです。そういう出来事に身を任せ、それに載ってみる、そこからの人生もまたあるってことでしょうね。岩茶は私のそういう瞬間の出来事だったようです」

 無口な女性の手が茶茶の背中を触っていました。今さらとは思ったのですが「猫はお好き?」と訊くと、彼女は「嫌いです」と言ったのです。それでも彼女は茶茶を膝から追い払いませんでした。二人は閉店までいました。帰りしなに無口な女性の顔色がピンクに変わっていました。そして「また来ます」と言い、涙を浮かべていました。もう一人の女性は「私はセラピストです。彼女を四か月みていますが、初めて口をききました」と告白するのです。泣いたことで、彼女はストレス解消できたとも言えます。では彼女はなぜ泣けたのか?

 それからの茶茶は40分間ぐったりとのびていたのです。私は帰るに帰れず、つき合いました。夕方5時は茶茶の夕食の時間です。うるさく鳴いて夕食をせっつく時間ですが、「あなた、ご飯、どうするの」と声をかけても、かすれ声で「にゃ」です。この時私は気づきました。 「そうか、あんた、あの人の苦しみを吸い取ってあげたのね。よくやった!今日はおかずを一品ふやしてあげる」

 5時50分、ようやく茶茶は元気を取り戻しました。気がみなぎり、鳴き声はいつものようにうるさい。この日から茶茶の肩書が一つふえました。「気まぐれ名セラピスト」という肩書です。

(佐野典代)

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