2022-01-18

市中の山居より 第14回

オンラインが匂いの感覚を壊してゆく

光や音はデジタル化できますが、匂いはできない。どのようなメカニズムで匂いを感じるかが不明だからです。ですので、「あなた」と「わたし」は感じる匂いを共有できないのです。

 ではなぜ「これはりんごの匂いね」と「あなた」と「わたし」は同じ匂いを言えるのでしょうか。それは記憶です。もしもあなたに「これはりんごの匂いよ」と言い、バナナの匂いを嗅がせ続けられ、育てられたら、「あなた」はバナナの匂いをりんごの匂いだと記憶してしまうということです。

 匂いは嗅上皮(きゅじょうひ)でキャッチし、嗅覚受容体に届き、それが電気信号に変換されて大脳の嗅球(きゅうきゅう)というところに送られ、記憶をつかさどる司令塔「海馬」と、気持ち(感情)をつかさどる(あるいはゆさぶる)扁桃体とが結びついて初めてこれは「りんごの匂い」と感じます。さらに匂いが複雑なのは、遺伝的なもの、先天的なものが加わるからです。

 この世には匂いが数十万種あるらしく、しかもりんごの匂いがりんごの匂いであるためには、複雑に組み合わさっている分子、つまり何百種かの匂いが交じり合って「りんごの匂い」になるからです。どうしてこんなにややこしくなったのでしょうか。

 およそ7億年前の?の嗅覚受容体はたった一つだったのだそうです。ナメクジと一緒です。人が陸上生活を始めたことで増えましたが、現代人の嗅覚受容体は398個に減少しているそうです。嗅覚遺伝子が減ったのです。ちなみにチンパンジーは399個、犬は811個、象はなんと7948個もあるそうです。象の嗅覚、ものすごいですね。なぜヒトの嗅覚受容体は減少したのかは分かりませんが、ひとつは火を使って調理する技術の向上と関係しているのかもしれません。受容体の数が減った分だけ微妙な匂いを感じられるように進化したとも言えましょうか。つまりヒトは1万種の匂いをかぎ分ける能力があるが、実際はその10分の1くらいをかぎ分けているようです。五感の中でも特に記憶と結びつきやすいのが嗅覚ですから、消えてゆく記憶を考えると、いつまでも匂いを維持しにくいということになります。言い換えれば、匂いは生存率の最も低い感覚器官なのです。

嗅覚がおかしいというときは、体に何か異変が起きていると考えたほうがよいようです。新型コロナウィルスで匂いが無くなった患者が大勢いた事実でも分かります。コロナに関係なく心配なのは、オンラインがもっぱらになりますと、嗅覚受容体が消滅してゆくのではないか、という危惧です。ヒトの生存に重要な五感の1つがなくなってしまうのかもしれません。岩茶は多くの匂いの分子が集まっているお茶です。岩茶を日常の飲みものにし、匂いのセンサーを生き生きさせておく。日常の体験が記憶とたくさん結びついて、自分が今どのような健康状態であるのかを知る一役を担ってくれるのかもしれません。

(佐野典代)

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