2022-06-10

市中の山居より 第17回

トノ、ご乱心めさるな!

 その年の仕事も終わった1996年12月27日、大掃除のその日の夕方5時ごろ、ドアを1/3ほど開けて「いいでしょうか」と一組の夫婦がヒョッコリ現れました。「ご覧の通り、大掃除中ですが」と応えますと、「どうしても今日こちらに来たくて。お粥を食べて岩茶というお茶を飲みたいのです」と夫人が言う。「みんな片付けてしまったし、店はホコリだらけですよ」と伝えると「かまいません」と夫婦は引き下がる様子がありません。始めて岩茶房に来られた夫婦です。当時の相棒・光地泰代さんと相談し、「作ってやるか」という考えで一致し、大掃除が済んだばかりの厨房に入り、2人のための準備をしました。2人は片隅のテーブルにつき、ホコリの中でお粥を食べ、岩茶を飲み師走の夜を帰ってゆきました。夫婦の名前は市川正道さんと洋子さん、現在の岩茶房店舗の大家さんです。その後2人は決まって週末に店に来られ、お粥、じゃじゃ麺、そして岩茶を飲み、私たちとひとしきりお喋りをして帰られるようになりました。

 時は過ぎ、前回書きましたあの立ち退き騒動です。私たちはあちらこちら物件を探しましたが、どこも帯に短しタスキに長しで、見つけられません。立ち退く日は日に日に迫り、かなり焦っていました。そんなある日、市川夫妻が来店。2人の職業は小学校教師、不動産業界とは全く縁のない2人にこの現実を語っても突破口はないとわかってはいましたが、私は正道さんに向かって「どこか良い物件はないかしらね」と、つい口が滑ってしまいました。ほとんど独り言に近いグチです。すると正道さんが「うちを使ってください」と言ったのです。私はポカンとなり「今、なんとおっしゃいましたか」とうわの空のような口調で訊き返していました。「うちを使ってください」再び正道さんが言ったとき、私の頭はいくらか落ち着いていたらしく「バカなことを言うもんじゃありません。人に家を貸すのは大変なことですよ。しかも店舗ですよ。わかっておっしゃっているのですか」私はまるで阻止するような口調で言いますと「かまいません」と繰り返す正道さん。私はつい「トノ、ご乱心めさるな」と言ってしまいました。妻の洋子さんは隣で呆気にとられていました。私は泰代さんに「トノのご乱心中に引っ越そう」と言うと、彼女はトノの思いもよらない、信じがたい助け舟と私の物言いに頭がこんがらがっていたようです。

 こうして私たちは市川家の2階建て日本家屋の1階を借りることができました。内装は京都の知人建築家に頼み、古き日本家屋の良さを残してのリフォーム、完成した店舗は”市中の山居”の佇まい。庭の緑と季節の花々の咲く景観と岩茶が、心をなごませてくれます、というのがお客さまの感想です。

 トノのご乱心以後、私たちは市川夫妻を「トノ、ヒメ」と呼び、15年が経ちました。ヒメは「花めでるヒメ」として庭の植物の手入れを、トノは店内の床や庭の掃除を、それはそれは丁寧にしてくれています。これほど恵まれた店子は世界中捜してもいないでしょう。

掃除は丁寧に、米は一粒もこぼさず研ぐことが悟りにいたる道と説いた道元禅師は、無為にも近い「お掃除するトノ」の姿に浄土で微笑まれていることでしょう。

 それにしても岩茶房はよき大家さんとよきお客さまとおいしい岩茶に支えられている恵まれた店です。

(佐野典代)

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