市中の山居より 第21回
ゲノム編集食品と「いただきます」
中国に「傾城傾国」という言葉があります。「美女が国を滅ぼす」という意味で、四大美女が西施、王昭君、貂蝉、楊貴妃。彼女たちの大好物は「西施乳」。西施の乳房のように白いフグの白子(卵巣)です。美食家・北大路魯山人は、脂が無いのに口いっぱいに広がるフグ刺しの美味を「無味の味」と評しました。
「無味の味」はお茶にもあります。中国語で「貴白」と表現します。「あるかなきかの色にある、あるかなきかの味」で、宋代の皇帝・徽宗が求め好んだ味です。余談ですが、昭和天皇はフグを食べさせても手を付けなかったとか。フグには青酸カリの5百〜1千倍の猛毒があるからで、侍医が食べさせなかったということです。
フグに限らず魚はおいしい。私は魚が大好きですが、あるころから考えさせられる現実にたじろいでいます。ゲノム編集技術で商品化される肉と魚に手を出せないのです。ゲノム編集は欧州発の考えで、動物を効率良く商品化するためスピードアップしています。たとえばブロイラー。短期間で巨大な鶏にするよう品種改良されました。疫病防止のため餌に抗生物質を混入しているので様々な障害も発生。死に至る鶏はたくさんいます。
魚の養殖も多い。日本は魚にゲノム編集で改良(?)を行っています。たとえば高速で泳ぐマグロを「ゆっくり泳ぐおとなしいマグロ」に、毒のない肉の多いフグ作りなど、盛んに利用しているのです。食料不足、疫病、美味追求、価格高騰…人間の食への欲求がゲノム編集食品時代を誕生させたと言わざるを得ません。
人間は形而上、形而下的要素の両方を有した生きものです。ですが、私はゲノム編集技術の食品に舌鼓を打つ前に生理的ためらいがあります。ある日の朝日新聞に”アニマル・ウェルフェア(動物福祉)”の記事が掲載されていました。家畜がモノとして取り引きされる惨状を問題視する人たちが起こした運動で、やはり欧州発です。日本にも殺生を嫌い、菜食を貫く人はいます。私は菜食にもヴィーガンにも拘りませんが、かと言ってアニマル・ウェルフェアに傾倒するつもりもありません。こんなに矛盾に満ちた私は、危うい食品豊富なこの現代、「生きるために食べる」のか「食べるために生きる」のか考えました。そして気づきました。「いただきます」「ありがとう」のお礼、感謝の心の姿勢の意味に改めて気づいたのです。岩茶を淹れているときのことです。じょうずに香り、味が現れてくれたとき、心で「ありがとう」と言っていることに気づかされたのです。そのお茶を口にするお客さんは「ありがとう」とは言わなくても「おいしい」と微笑まれるのです。もしも岩茶に限らず大自然が育てる茶がゲノム編集され、似て非なる茶が大量生産されたら「ありがとう」「いただきます」「おいしい」の心の言葉は死後になるでしょう。
(佐野典代)
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