2022-08-03

市中の山居より 第18回

人と人の溝を埋める文化

 スイス在住の現代ロシアを代表する作家ミハイル・シーシキンが7月5日の朝日新聞朝刊に寄稿していました。概要を記します。

―――プーチンのウクライナ「特別軍事作戦」の目的は、ファシストたちからロシア人、ロシア文化、ロシア語を救うためだという。だが実際には、この戦争はウクライナのみならず、ロシア人やロシア文化、ロシア語に対する犯罪なのだ。なぜプーチンはこんなにもウクライナを憎むのか? それはウクライナが民主的な未来を築くことを選んだからだ。長年プロパガンダに酔わされた人々(ロシア人)は、ロシア軍はアメリカに押し付けられたファシスト政権からウクライナのきょうだいたちを解放しているのだと未だに信じている。プーチンの勝利は、自分が「真の」皇帝(ツァーリ)であることの証しとなるからだ。プーチンがいなくなっても、痛みや憎しみは長く残る。このトラウマを克服するのに役立つのは文化だけだ。独裁者は遅かれ早かれ、その卑劣で無価値な人生を終えるが、文化は存続する。文学は戦争に抵抗するもの、愛を求めることについて語っている。戦争やジェノサイド、社会の大惨事を防ぐことのできた本は一冊もない。偉大なドイツ文学はアウシュビッツの前で無力であり、偉大なロシア文学は矯正(訳文のママ)収容所の前で無力だった。だが、戦争が終わるその時こそ文化の力が必要になる。戦争が置き去りにした人々の間の溝を埋められるのは文化だけだ。文化は憎しみという病気の治療薬なのだ―――。

 思い起こしてください。1991年にゴルバチョフの解放で独立した三つの国があります。ラトビア、エストニア、リトアニアのバルト三国です。ロシアとベラルーシュに挟まれたバルト三国は戦争で独立したのではなく、自分たちの文化を復活させ、独立を果たしたのです。音楽という文化で、独立を果たせたのです。音楽が人々を、民族を結び付け、新しい社会、新しい国を誕生させたのです。

 日本を含む世界のリーダーが嘘を重ね、愚かな考えで突き進んでゆけば、人類の未来はどうなるか? 想像できます。しかし名もなき私たちは、多くのリーダーたちが歯牙にもかけない文化と寄りそい、暮らしています。文化は民族を結び付けます。茶の場合は音楽のようにアッという間に人々を結び付ける即効性はないかもしれませんが、一杯の茶は静かに確かに人と人を、異民族を結び付ける力があることを歴史が証明しています。

(佐野典代)

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