2021-11-26

市中の山居より 第13回

”早死にする嗅覚の落とし穴

 茶の香りの表現はむずかしくて、原稿を書く時「勝負!」と脳に命令して言葉をひねり出している。香りは何かにたとえなければ表現できないからです。ですから人によっては、そのたとえが「何なの、それ?」って、チンプンカンプンかもしれません。厄介なことに、本能の感覚器官である嗅覚は、味覚、視覚、聴覚、触覚よりも”早死にする”器官のようですから、だれもの嗅覚が常に正常に機能しているわけではないようです。

 岩茶を飲もうとしている人から「どういう香りですか」と訊かれるときは悩みます。「沈丁花のような香り、モクセイのような香り、ラベンダーのような香り」ウンヌンと長年のデータでそんな応え方をしているのですが、ここには落とし穴があります。その香りが大嫌いな人がいるからです。嘘を答えるわけにはいかないのが悩みどころです。あくまで確率の問題ですが、多くの人が感じる「よい香り」を「悪臭」と感じる人がいるわけです。これはその物質に罪があるわけではありませんが、むろん「え〜!こんないい香りが悪臭なの?」と笑うこともできません。それが嗅覚の特長だからです。

 この世界には数千万種の匂いがあると言われています。が、複数の分子が複雑に組み合わさって匂いはつくり出されます。たとえばコーヒーは500種の匂いが交ざって、だれにもわかるコーヒーの香りをつくっているようです。さらに香りが複雑な岩茶にはそれ以上の香り成分が交ざっていると考えられます。

 アルデヒドという匂い分子があります。あのイヤな匂いの持ち主カメムシに含まれている匂いです。この匂いをちょびっと交ぜて香水をつくった女性がココ・シャネルです。鼻をそむけるあの悪臭をちょこっと交ぜると深い芳香を放つ理由は分からないようですが、分からない理由を勇敢にも香水に使ったシャネルは香りの怖ろしいほどの直感の持ち主、魔術師です。シャネルはカメムシの悪臭をかいで「ボン!これは香水に使えるわ」と閃いたとは思えません。わかりやすく言えば、匂いは匂い成分そのものではないからです。カレーという匂いはないのです。記憶が「これはカレーの匂い」と感じさせているのです。もしかしたらシャネルはカメムシの匂いがよい香りとして彼女の記憶に結びついて、香水に変貌させたのかもしれません。嗅覚は遺伝、先天的、経験によるものがあります。また嗅覚と身体の異変には関係があると言われます。嗅覚がおかしいときは身体に何か異変が起きているようですが、それはなぜ? 次回に。

佐野典代

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