2024-02-26

連載小説『阿Q外伝』第二回

2.歩いて歩いて革命だ

 蒋介石は商売が達者な仲買人だ。上海の経済界ともうまく付き合い、身内を財閥にのし上げていった金の亡者だ。「四大家族」は蒋財閥のことだ。蒋介石、宋子文、孔祥熙、陳果夫が四大家族の頭領だ。蒋介石夫人・宋美齢の兄が宋子文だし、孔祥熙は宋美齢の姉・宋藹齢(あいれい)の夫だ。封建的な四大家族が集めた金は200億ドルもあると、俺は聞いている。宋美齢と結婚した蒋介石は大金持ちになったんだ。そんな大金が持てるカラクリなんて、底辺の者にはわからん。でもな、上がやっていることは、水が上から下に滴り落ちるようにいつか耳に入ってくるものだ。話によれば、蒋一族は主要銀行を支配していたというし、国営企業のあらかたを私物化していたというのだ。権力も金もたっぷりある蒋介石の国民党のエネルギーは、共産党に向けられていった。なにしろ蒋介石一派は軍人で、農民や下層階級の政治活動を認めなかったし、共産党の指導者はどんどん殺された。蒋の赤狩りは、それはひどいもんだった。

 毛沢東はこう言って農民を駆り立てた。

 「中国共産党は脅かされて震えあがりはしない。征服されはしない。農民は這い上がり、戦う力の持ち主だ」

 そして周恩来と朱徳という人が3万人の部隊を率いて、江西省南昌で武装蜂起したんだ。これが共産党が軍隊を持った最初だ。ところがアメリカの援助もあって、100万人の国民党の攻撃に歯が立たず、惨敗した。それで紅軍は西へ西へと長い移動を始めたのだ。

 1934年10月の早朝、俺は無数の農兵に交じって、江西省のとある地を出発することになった。  

 平坦な道はたちまちなくなって、気づいたら俺たち蟻の行進は上り坂に差し掛かっていた。山越えだ。10月の空気はひんやりとして気持ちがいい。東の山の上から射してくる陽は暖かい。これから先、何が振りかかってくるかなんて考えないで、俺は行楽気分で歩いた。俺の前は何千何万の蟻の行列、俺の後ろも何千何万の蟻の行列だ。

 山の肌はえぐれ、褐色に光っている。木もまばらな山ばかりだが、空気に熱がない季節だから、歩くのに差しさわりはない。

 ひとつ山を越えた。突然、村が現れた。しばらくの休憩だ。支流から本流に流れが吸い込まれていくように、農兵の行列はさらに膨れ上がっていた。行列は太く、長くなった。先頭がどこで、終わりがどこか、わからない。休憩を終えると歩く。歩いて、食って、寝て、排泄しての繰り返し。 

 突然、風とじゃれあうように漂ってくる甘い香りに俺はうっとりした。

「ここはどこだ?」俺は若い男に訊いた。

「桂林だ」

「いい匂いだ。何だ?」

「キンモクセイだ。桂林はキンモクセイの林という意味だ」男は自慢げに言った。

 ただ山道を歩くだけの俺は、キンモクセイの香りに感激した。俺はキンモクセイの匂いを体いっぱい吸い込んだ。体の中を甘い香りがゆらゆら揺れて、血に交じって、体内を流れていったんだ。つまらない行進が楽しくなった。   

 それからまた何日も歩いた。俺の体の中の甘い香りはいつの間にか蒸発してしまっていた。俺は腕まくりして、肌の匂いをかいだ。何日も風呂に浸かっていない腐った汗の匂いしかなかった。いい女に逃げられてしまったみたいで、俺はがっかりした。

 また何日も歩いた。足はパンパンに腫れて、硬くなっている。歩くだけが仕事だった。みんな毛を刈られて瘦せた従順な羊みたいに黙々と歩いた。

 冬が来た。陽の名残りを抱えて、俺は体を丸めた。体があったかいうちに、死んだように眠る。そんな夜が続いた。俺たちは暗黒の空をさ迷う星屑みたいだった。骨の髄まで冷えてなかなか寝付けなかった夜が、ようやく明けてくれた。

 そこはどこだか、だれも知らなかったが、すぐそこに雪山がデンと座っていた。見たことのない景色に、俺はあんぐり口を開けたまま見惚れてしまった。俺たちは雪の山を歩いた。行軍中、国民党の攻撃は数えきれないくらいあった。滑って山から転げ落ちていく者もあった。俺は登り続けた。もう頭は働かない。脳味噌は役に立たなかった。足だけが勝手に動いていた。

 ある夜、俺たちはドラム缶に川の水を入れて沸かし、熱い湯で体を拭いた。生きるとは、熱い湯で垢をゴシゴシこすって、肌を赤くすることなんだと思った。 

 「ここはどこだ?」俺はそばで必死に体をこすっている痩せた男に訊いた。

 「雲南省のどこかだろう」

 「国内か?」

 「西の果てだ」

 「どうしてわかる?」

 「木の形だ。花も見た」

 「良く知ってるな?」嘘じゃないなという口ぶりで俺は言った。

 「百姓なら、だれだって知っている」

 見ると幹は太く、枝はあちこち好き勝手に伸びている木ばかりだ。こういう淫らな格好の木は、俺が生まれた東の地にはない。好き勝手に枝を伸ばしている木に俺の目は向いていたが、もぬけの殻のような頭と虚ろな目は、もう花に気づく余裕なんてなかった。

 「俺は見ていない。どんな花を見た?」俺はからかい半分に訊いた。

 「黄色い花だ」

 「なんという花だ」

 「雑草だ」

 「なんだ、雑草か」馬鹿にするんじゃないぞというふうに俺は言ってやった。

 「雑草だって自分の咲きどきをちゃんと知っている」痩せた男は痩せた声で言った。

 「そりゃ、えらいもんだ。それにしても寒いなァ。北国かと思った」俺はぶるっと大袈裟に体を震わせた。

 「標高が高いからだ」男はぶっきらぼうに言った。標高なんて言葉を俺は初めて聞いた。標高が高いと、夏でも昼間は涼しいが、夜は寒いということらしい。が、男は疲れていて、しつこい俺と話すのが面倒なようで、口を閉ざしてしまった。

 それから何日も何日も歩いた。国民党の攻撃を命がけで避けながら、歩く以外することがない。ぞろぞろ歩く農兵たちは革命するという光明のために西に向けて東を出発したはずなのに、どの顔も暗く、ぺろんとしている。みんなうなだれて歩いた。何のために歩いているのか、もうわからなくなっていたんだ。倒れる者は多かった。立て、歩くんだとハッパをかけ、腋に腕をねじ込んで起こそうとしても、動こうとしない。起こす者も起こされる者も体力がいるんだ。結局どちらも諦める。兵の数はどんどん減っていった。置き去りにされた兵は野ざらしだ。 

 細い月や丸い月を何度も見た。

 太陽の力が強くなった。夏が来たんだ。大きな川が現れた。流れが速い。渦を巻いている。橋がない。前を行く蟻たちは、どうやって渡ったのだ? 川を歩いていく兵たちの列が、よれよれした黒い一本の紐に見える。何人も流されている。農兵は泳ぎを知らないのだ。俺だって泳いだことがない。俺はずぶずぶと川に入った。水位は膝から胸、首へとどんどん深くなった。速い流れに足が持っていかれる。溺れた大勢の兵が、ぼろきれのように流されていく。プカプカ浮いて東へ向かっていく死体を見送りながら、「おまえ、家に帰れるぞ」と俺は声を掛けてやった。しかし俺はここで死ぬわけにはいかない。革命のために筆を取り続けた、親父魯迅が俺を動かしているからだ。「俺は革命するために川を歩いているんだ」と、だれに向けてかよくわからなかったが、言ってやった。

 向こう岸に着いたとき、太陽は傾いていた。橋のない川を10やそこら横切った。大勢が溺れ死んだ。しつこく追跡してくる国民党の弾に当たって死んだ者も数知れない。(つづく)

関連記事

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA